「BOX」
(絵:小川咲紀子)
<第一部>
満ち足りた僕らの毎日。
腹が減れば食べて、眠りたい時に寝る。寒くも暑くもない。日の沈まない「光の丘」で過ごし、時折「闇の谷」に出向いて、夜というものを楽しんだりもする。この地にいる仲間たちと、何も変わらない、区切りの無い日々をすごしている。それが僕らの日常だから。逆に言えば、僕らはそれ以外のことをできないし、やろうとも思わない。なぜなら、不満などないのだから。
そのはずだった。
ある時、草を頬張りながらヒツジが言った。
「何か、満たされない気がしているんだ」
隣にいたライオンはこう返した。
「何を言っている。やりたい時にやりたいことをして、これ以上満たされることなどあるものか」
「僕もそう思っている。だけど毎日同じことを繰り返して、君は何も思わないのかい」
ヒツジの問いに、ライオンは
「考えたことが無いな。考えるというのは、とても面倒だ」
そう言いながら、ゆっくり歩き出した。
その背中を見送りながらヒツジは、考えないようにしようと考えていた。
しかしヒツジの心は、それからもいつだって穴が開いているようだった。美味しい草を頬張ろうが、気ままに散歩しようが、その穴は埋まる気配がない。キリンが花冠を持って来ても、ヒツジは見向きもしなかった。
「あなたいつもとなんだか違うわ。考え事でもしているの?」
「何も考えていないよ」
いつも仲良しなキリンには、ヒツジの変化は明らかだった。
そんなある日、ヒツジは闇の谷の奥に、変なものを見つけた。正確に言えば、その場所に大きな白い箱があることはずっと前から知っていた。ただ今まではそれについて何も思わなかった。そこに木が生えるように、自然に存在するものとしか考えなかったからだ。
それが、今のヒツジにはとても魅力的なものに思えた。自分の満たされない何かを知る、手がかりになるのではないか。そう考えるといても立ってもいられず、ヒツジはその白い箱に近寄った。
箱には、はしごが立てかけてあった。おそるおそるそのはしごを登ると、その箱の中に入れることが分かった。しかし、中を覗いてもその奥底がまるで見えない。外から見れば箱は、ただの箱でしかないのになんとも不思議なものだった。
ヒツジは箱の中に行くことを決めた。そのことを考えるだけでわくわくした。
「僕はあの箱の中に行くよ。僕らに足りない何かがきっとあると思うんだ」
「なぜそこまでして探すのだい」
ヒツジの様子を気にしていたライオンが言った。
「僕がここにいてもいなくても、この世界は何も変わらないだろう。
”君の見てる世界は虚無だと言いたい”」
そうして歩き出したヒツジに、気付けばたくさんの動物たちが続いていた。好奇心を抱くもの、諦めの気持ち、逃避、希望。あふれる 命の音は 耳を塞いでも聞こえる。ヒツジの言葉に触発されて、みんな箱の淵から中に飛び込んだ。ひたすらに、落ちていく。とうに箱の大きさを越えた、終わりの無い底に向かっている。ただ、ヒツジは嫌な気分はまるでしていなかった。ゆっくり落ちながら、目を瞑った。
少しずつ、この世界は動き出していた。
続
2014年3月13日開催
三鷹市公会堂 光のホール
nameshop Oneman Show「BOX」のために
書き下ろした小説です。
<当時のライブの模様>
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